自動車を運転していて ふと 思ったのですが
<交通法規(道路交通法)は なぜ守らねばならない?>
の 問いかけに パソコンに向かっている時ならば
ほとんどの方が
<安全のため>
<迷惑をかけないため>
<守るのがルールだから>
等の答えを思うのではないでしょうか?
さて 同じ質問を自動車の運転中に自問自答してみて下さい。
きっと こんな事を思うのではないでしょうか?
<速度超過はこれくらいであれば捕まらない>
<ビール一口なら捕まらない>
などと 勝手な 道交法を造っているのではないのでしょうか?
本来の規則というものは遵守する事によって 安全に且つ円滑に
物事が進捗するように創られているはずなのです。
ところが <取り締まられないように>と言う理由で
守っている人が多いのではないのでしょうか?
つまり監視(管理)されないと法が守れない日本人と言うことかも?
さてこの根元はどこにあるのでしょうか?
公共の場(電車の中や駅のホーム等)でよく見られる光景があります。
母親(時には父親や祖父母)が 子供を叱るとき
<○○ちゃん! そういうことをすると××さんに怒られるでしょ!>
<○○ちゃんが そういうことをするから
お母さんが××さんに怒られちゃれったでしょ!>
やっぱり これなのかなぁ?
結論! 構造改革とは 各人の中の意識の改革から始まるのかも!
|